真っ白な紙の日めくりカレンダーのページが一枚ずつ減っていく。その移り変わりによってひなみは日々の時の流れを実感していた。
(血がついてる…。)
“十八”と書かれた紙の端に付着した鮮やかな赤を拭うと、まだ生々しい感触がした。
白く無機質な壁にぽっかりと開いた穴のような窓の向こうに濃い緑の夏の葉が茂るのが見える。蝉の声の行き交うのを聞いているとなぜか目の端がじんわりと熱くなった。
「なんで泣いてるの。」
振り返るとりょうが立っている。目から水滴が落ちるのを感じながら答えた。
「わかんない。」
顔を拭ってもう一度目を開けるとそこにはもうりょうはいなかった。ひなみは半ば呆然として居間から聞こえる調理の音に耳を傾けた。
「ひなみ、最近なんだか忘れっぽいね。」りょうはクスクスと笑いながらそう言った。緑の多いベランダの端に溜まった落ち葉を何とはなしにいじりながら、思い出していた。
白い陶器の上を水流が勢いよく流れていく。昼ごはんのメニューがそのまま流れていったのを見送りながら、やはりひなみは呆然としていた。体の節々が痛むのを感じて青く変色した部分に思わず手を触れる。その跡ができたのはもう何日も前のことなのに、このごろなんだか時間が前後しているようで、何が先で何が後のことなのかよくわからなくなっていた。
ひなみはまた、白い大きな部屋に一人で立っていた。日めくりカレンダーを見ると、“十六”と書かれている。外から聞こえる蝉の声がだんだんと大きくなり、頭の中で反響する。
手を伸ばしてカレンダーの紙をつかむと、一気に十枚ぐらいを思い切り破り取った。さっきから息が荒くなっているのがわかる。それを整えて、一面真っ白なカレンダーのページをただ見つめた。ページはぼやけたりまたはっきりしたりする。しかしやがて、そこに一点の赤いシミができたかと思うと、その赤は広がり、それから赤黒くなり、溢れて滴った。
ひなみは泣きじゃくって、カレンダーの裏側に手を伸ばした。裏側の壁に開いた狭い空間にねっとりと絡みつくような何かがが押し込まれている。それを取り出して、震える声で口にした。
「ごめんなさい。」
翳ったベランダで涼やかな風に吹かれながらひなみはりょうとともにあった。
「ペットなんて飼わない方がいいよ。」
りょうがぽつりと口にする。
『この子可愛いね!』何日か前にホームセンターでそう言った自分を恨めしく思うようで、その段階はとうに過ぎ去ったことを知る。
塀に背中をあずけて立つりょうを見上げて、その向こうの空の青さが絶妙に鮮やかであるのにくらっとした。