りゃんちゃんとかのんちゃんの話。(明るくない百合です。)
カフェインはあるけどここにはそれ以外何もないという気がする。かのんちゃんに口づけした時、その唇は微かに震えていた。あの感じがずっと残っている。
テーブルの上のカフェオレは冷めきっていた。私は常日頃からこれに頼って生きているのだ。これに私の生活が左右されていると言っても過言ではない。私の気分はアガったりサガったりする、カフェインの効き方次第で。
「…なんて、そんな風に言ったら意地悪だよね。ごめんね、カフェオレ、いつも幸せな気分にしてくれるのに。」
そう言ってカップを指でなぞったけど、気持ちは収まらない。そのカップの中身を杞憂の顔にぶちまけたいと思った。そうしたらどんな表情をするのかよく眺めてみたい。それでも杞憂は許してくれると思うけど、そうしてほしいわけじゃなかった。それより今は、あの白い柔肌の方を思い出していた。―あの彼女の、白い肌を。
薄闇の中で彼女の肢体はうっすら光っているようだった。つま先の方から舌を這わせてその付け根まで唾液の跡を残す。つくりものみたいな彼女の体は美術品のようであり、かつ俗的でもあった。
「ねぇ、今どんな気持ち?」
囁くように言って彼女に口づけをする。戸惑うように、しかし拒めずに口づけを受けた彼女が、困った顔をしているさまが、目に見えずともありありと見てとれるようだった。そのまま手を下に滑らせて彼女の肉に爪をたてる。彼女の表情が困惑から怯えに変わったのを目にしながら私は内心高揚感に浸っているのだった。
「え~っ、りょうのお嫁さん!?可愛い~。…私はりゃんちゃん、よろしくね。」
笑顔でそう言った時、かのんもまた笑顔だった。あの時、こういった事態になることを誰が想像できただろうか?いや、
(……私はしてたよ、想像。)
初めてかのんに会った時、私にはかのんが理想の女性の一つの形だということがわかった。りょうと私の好みは被ることが多い。りょうが好きなタイプの女性は、私のタイプでもあるということだ。
かいがいしくりょうに尽くす仕草や、客人であるりゃんちゃんをもてなす仕草の一挙手一投足から目が離せなかった。
初めて彼女と後戻りができない関係になったのはあのじめじめとした暗い廃屋に、私がかのんを呼び出した時だ。乱暴した時、彼女は泣かなかった。その代わり、魂が抜けたように無反応になった。私はなぜかそれをよく知っているような気がした。
今日かのんとここに至るまでに私は、無論その時の写真や動画を引き合いに出して要求をのむことを強要しているわけであったがまた、それは一種の手続き的色合いを帯びてもいた。
かのんが本当はどう思ってるかはともかく、彼女のふるまいはりゃんちゃんを頑として拒否しているようには見えなかった。元来受け身な性格もあってか、彼女には驚くほど従順なところがあった。
「…可愛いね、かのんちゃん。」
人形か生ける屍のようになったかのんのほっぺたにキスをする。一度、その細い体を抱きしめるようにしてから、私は彼女の真っ白な頬を自身の右の掌で強く打った。バチン、という破裂するような音。そしてもう一度、二度三度と打つが彼女が表情を取り戻すことはない。その様を愛おしげに、しかしどこか苦しげに見つめながら私は言葉を絞り出した。
「泣いてもいいんだよ……かのんちゃん。」
そんな自分の様子をどこか遠くから眺めているようだった。
美しい見た目のケーキを大切にとっておきたいと思いながら貪ってしまいたいと思う、そういった類の感情を私は彼女に対して持っている。
目の前のケーキにフォークを突き刺す。
「つまんないなぁ。」
あーあ、つまんない。そう繰り返しながら私はスマホに登録されているかのんの連絡先を見つめた。スマホなら一瞬の距離がずっとずっと遠くのことに思えて嫌になる。せめて肌に触れている間だけは、近くに感じられたらよかったのに。